それは、雪が降りしきる夜だった。
突然の襲撃に僕たちは子どもだけで村から逃がされた。
「フィア、さむい。おうちにかえりたい」
「ごめんね、もう少し頑張って。マスターと約束した街まで行ったら、きっと暖かい部屋があるから」
総勢7人。
14歳の僕とロイを除いたら、みんなまだ10歳にも満たない。
「もうあるけない。ロイ、だっこ」
「はぁ? チッ、ほらこいよ」
3歳の双子を僕とロイでそれぞれ抱えて、空いた手で不安そうにする少女の手を握った。
「フィア、みんなは? おじちゃんたちは?」
「大丈夫、みんなすぐに追いつくよ」
8歳の少年はロイから短剣を渡されてから、ずっと強張った顔をしている。
「ロイ、短剣なんかあげてどうすんの? 怪我でもしたら……」
「俺とお前に何かあったら、次はアイツが、コイツらを引いて行かないとならねぇんだ。俺らがまだ動けるうちに扱いに慣れてもらうんだよ」
「街道を行くだけなのに、何かあると思ってるの?」
樹海を縦断する街道を下って行くと目的地の街がある。
僕らの住むファナークス王国と隣国ブルグント帝国の国境沿いに作られた街だ。
「追って来ないはずがねぇだろ」
「僕らが逃げたことすら知らないかもしれないのに?」
そんな信じられないモノを見るような目で僕をみないでよ。
眠ったのかロイに抱かれた子の首がロイの肩から落ちかけた。それを器用に戻すと、ロイは前を向いた。
「俺らが目的だよ」
どうして?
「あの村にいる大人たちは、使い物にならなくなった騎士や兵士だ。魔物の脅威を消すために派遣されて来てるなんてカッコ付けてるけど、肉の壁になって最後は餌になれってことだろ」
「それは言い過ぎだよ」
「言い過ぎなもんか。腹が満たされたら魔獣だって樹海から出てこねぇんだからさ」
住民が自虐的に「廃棄村」と呼ぶ村。僕らを含めて、国や社会から”廃棄”された者たちばかりが集う村だ。
「そんな村に聖騎士が攻めて来たんだ。国を護るための肉の壁を自分たちで刈り取るわけないだろ」
ロイは「少し考えたら分かるだろうが」って強い口調で吐き出すように言った。
「ロイお兄ちゃん、怒ってる?」
ロイと手を繋いでいた子が怯えたようにロイを見上げている。
「怒ってねぇよ」
聖騎士が僕ら孤児を狙う理由ってなに?
「フィア、いたい」
「あ、ごめん。ごめんね」
思わず強く握ってしまった手を緩めた。しっかりしろ。
黒い樹海がさらに黒く感じられて、身震いした。
時折、遠くから何かの遠吠えや、羽ばたきが聞こえてくる。その度に身構えてしまうのは、僕が臆病だからってわけじゃない。と思いたい。
手を繋いだ子の足取りが遅くなって来た。
「もう少しだから頑張って」
そう声をかけながら、もう少しってどれくらいなんだよって心の中で悪態をついた。
寒さで鼻も耳も手足も肺だって痛みが増していく。
だけど休むなんて選択肢は僕らにはなかった。
突然、ロイが振り返った。その勢いに抱かれて寝ていた子が目を覚ました。
ロイの視線を追って僕も振り返った。相変わらず、暗い夜にただ静かに雪が落ちているだけだった。
「ロイ、早く行こう」
「ダメだ。こっちだ」
「ロイ! そっちは樹海の中だよ!」
「いいから早く来い!」
『魔の樹海の奥には決して入るな。呑まれるぞ』
大人たちから何度も聞かされた言葉が頭をよぎった。ロイだって知ってるはずなのに、どうして子どもを連れて入っていくんだよ!
「ちょっと待ってよ」
闇に消えてしまいそうなロイに、僕は迷ってる暇などなかった。ロイを追いかけて皆んなで身を寄せた。
しばらくすると遠くから蹄の音が聞こえ出した。
来た……。
急に心臓が激しくなりだして、呼吸が荒くなってしまう。
雪も降っているのに汗が背中を伝うのがわかった。
「……ロイ」
声も震えてしまう。
「分かってる」
ふと横を見ると、8歳の少年は短剣を構えて震えていた。そんな彼の震える手をそっと握った。
「フィア、俺があいつら引きつけるから、お前らは静かに樹海の奥へ行け」
「何言ってんの? そんなことしたら、聖騎士たちがロイの方に行くだろ」
「ああ、それをねらう。いいか? 俺が囮になる。お前はコイツらを無事に街まで連れて行け」
「いやだ! 僕も一緒に行く。聖騎士が僕らを追いかけて来たら、この子たちは街道を使えるだろ。街まで行けるはずだ」
剣を握ったまま少年が僕とロイへ顔を向けた。口をへの字に曲げて、今にも泣きそうになるのを堪えているようだった。
あ、僕ですら不安なんだ。なのに、この子たちだけで行かせられるの?
「フィア、コイツらを頼む」
「……でも、ロイは? ロイはどうなるの?」
「アイツらをまいたら、お前たちを追いかける。樹海の中じゃ馬も使いもんにならねぇよ。木が邪魔で剣もふるえない。鬼ごっこなら負ける気がしねぇ」
蹄の音が迫って来ていた。
「もう時間がねぇ。いいなフィア、約束だ。マスターのいう街で会おう」
ロイは「早く急げ!」と叫びながら街道に飛び出して、向こうの樹海へと駆けて行った。
「いたぞ!」
聖騎士たちがロイを追って樹海へ馬を向けた。
声をあげたらこっちにも聖騎士が来る。喉まで出かかった声を飲み込んで、子どもたちを促した。
数歩進んだ時、閃光が辺りを照らし、爆音が響いた。
「ロイ!?」
思わず振り返った──はずだったのに、目に入って来たのは真っ白な天井だった。
は? 何これ。どうなってるの?
樹海で大変なことになって、マスターが来て……そうか、僕寝ちゃったのか。
じゃ、ここは街のどこかなのかな?
子どもたちは無事かな?
ロイは……?
起き上がって見渡した。
どこだろう?
白い壁に白い床。白い布団に……器材がいっぱい。
気が付いたら左手が顎に触れていた。考える時によくやる仕草だ。ロイによく真似をされてたから、癖になっているという自覚はある。あるんだけど、温度のない何かが顎に当たっている感じだ。
どういうこと!?
思わず左手を凝視してしまった。動かしてみる。
開いて閉じて、1、2、3、4、5と指を折っていく。
何不自由なく動いてる。でも、そこに左手があるという実感が湧かない。
あ、足とお腹は? ……ある。え? どうして? 魔獣に食べられたよね?
消えたはずの両脚も食いちぎられたはずのお腹も、綺麗さっぱり元通りに見える。
僕はもう一度左手を見た。不自由なく動いているのに、感覚が一切ない左手だ。
左手が喰われたという記憶はない。ないけど、倒れたあと魔獣が僕に群がったのは覚えている。凍傷で感覚が薄くなっていたのも覚えてる。……喰われた?
なら……。
恐る恐る右手をお腹に当てた。
間違いなくそこにお腹がある。でもあるはずの体温が右手には伝わって来なかった。
足は!?
動くのに体温がない。体温どころか、身体の大半が右手が触れていることすら感じなかった。
どういうこと? 僕の身体はどうなってるの?
不意にドアが開いて、咄嗟に身構えた。
「あら、やっと目を覚ましたのね」
流れるような黒い髪が目に入った。
「あらあら、貴女、もう動けるの?」
何を言ってるの?
「さすがと言うべきか、有り得ないと驚くべきか……」
何やら呟いていた黒髪の女性は、まいっかと言った思ったら、「最高傑作なのは間違いないわね」って不適な笑みを僕に向けて来た。